首相退陣論

東日本大震災への配慮から、一時、鳴りを潜めていた菅首相退陣論だが、震災対応のあまりの稚拙さから、堰を切ったように再燃し始めた。統一地方選挙での民主惨敗も、この動きを加速している。

18日の参議院予算委員会では、自民党の脇雅史氏が「常に言い訳しかできない。あなたは首相にふさわしくない。一刻も早くやめて欲しい。」と退陣を要求。公明党の加藤修一氏も「首相の不用意な発言が多すぎる」と。たちあがれ日本の片山虎之助氏は「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだ。復興の道筋をつけたら首相を辞めるのも選択肢の一つだ。」と詰め寄った。

民主党でも、反首相派の小沢一郎氏が、「(政府の対応は)非常に遅いし、不足している。」と批判するのは驚かないが、閣内の桜井財務副大臣までもが「菅首相は何か言われると必ず正当性を主張する。交代させると言う声が出てくるのは当然だ。」と暗に退陣論に加勢する発言をしている。

元新党さきがけのメンバーで菅首相とは旧知の仲でもある田中秀征氏も、「無心にならなければいけない。明日辞めてもいいという気持で職責を果たして欲しい。辞めない前提でやっているからダメだ。よこしまな気持があってはいけない。」と指摘している。

自らの非を一切認めようとせず、国難の時にあって野党が政府・与党に協力するのは当然だといわんばかりの菅首相の態度では、大連立など望むべくもない。それどころか、与党内からも愛想を尽かされ始めているのではないだろうか…。

首相は予算委員会の答弁で「政府の対応は一定の評価を得ている」と答えているが、最近の各種世論調査では、多くの国民が首相の指導力不足に懸念を示している。
「一生懸命やっている。政権の評価は歴史が証明する」という言葉も良く使われるが、被災者には歴史の評価を待つ時間的余裕などないのだ。

自民・公明両党内では、「嫌菅」の空気が支配的になってしまい、現政権の延命に利用されかねない大連立は、菅首相のままではもはやあり得ないだろう。メディアからは「民主党がすぐに見直すべきは4Kから5Kになった」との論も流れている。

すでに手遅れかもしれないが、菅首相はもっと誠実かつ謙虚に、自らのクビを差し出す覚悟で野党に協力を要請すべきだ。
それができなければ、自らが与野党から集中砲火を浴び、政界で惨めな姿をさらすことになるのみでなく、被災地の復興の歩を大きく遅らせ、日本の衰退を招くということを認識してもらいたい。

このままの姿勢で貴方が今の地位にしがみつくのなら、これまで野党攻撃に好んで使われた「国家の歴史への反逆者」と言う言葉は「菅首相にこそ当てはまる」と私は言いたい。

復興事業

先週、ようやく政府の復興構想会議が始動したが、既に被災したまちの復興をめざす提言が乱立気味だ。
「山を削って高台の住宅に住む」「海岸沿いの土地をかさ上げして人工地盤をつくる」「海岸沿いに防潮堤機能を持たせた工場を並べる」等々…。いずれも一考に値する。
が、忘れてならないのは我が国の財政は既に危機的状況にあることだ。それに、いくら安全で良好な住環境を創造しても、産業がなければ人は住み着かない。

仮設住宅の整備やがれきの撤去など、被災地の生活再生につぎ込む緊急的な資金を惜しんではならず、スピード第一で被災者を支援すべきだ。
しかし、次の段階の復興をめざす事業には、持続可能性の観点が必要になる。
財政運営に対する国際社会の厳しい要請もある。既にIMFも日本の復興政策に中長期的な財政再建策を盛り込むべきと指摘している。だからといって、即、復興増税と言うのでは能がない。

復興プロジェクトの立案に際しては、一つ一つの投資が将来どの程度の富を生み出すかを念頭に置いた事業計画を描き、資金調達を考える。いわゆるプロジェクト・ファイナンスの発想で進めなくてはならない。
30年、50年かかっても一定の経済成長がもたらされ、産業創造や雇用増進を通じて、広い意味で投資資金が回収できるなら、その事業は“適切”である。

今こそ、PFI(Private Finance Initiative=民主導の公共事業)制度と総合特区(規制緩和エリア)制度をフル活用して、民間の知恵と資金を生かした震災復興を進めるべきではないだろうか。資金調達の面では、復興のための投資ファンドを広く世界から募ることも有効だろう。

世界から集めた資金と民間の知恵で、安全安心基盤の確立と東北の基幹産業である一次産業の再生を進める。例えば、海水をかぶった農地と集落を対象に区画整理(=農地大規模化と土壌改良と宅地の台地化)を行い、さらに農業経営の効率化、販路の開拓等を民間の知恵で行う。
漁港や漁船、水産加工施設の再整備、漁業経営規模の拡大も同様だ。農水産業の経営規模が拡大し、就労環境が整えば、若者の就労も増えるのではないか。その結果、海外の一次産業と互角に戦う競争力も備わる。

従来の復興政策のように、公共事業一辺倒では経済成長は期待できない。高度成長期と異なり、今や公共投資の乗数効果は薄く、財政には資金負担に耐えうるスタミナがないのだから。
国全体の財政力向上の見地から、社会保障制度と税制改革も急がなくてはならないが、この問題と復興財源論=増税論は切り離すべきだろう。
復興プロジェクトの成否は財源ではなく、経済成長戦略に依るところが大きいのだ。むしろ、世界との結びつき、経済連携協定(EPA)の強化が急がれる。

菅首相率いる政府は、震災復興を金科玉条に積み重なった諸課題を先送りしようとしている風体だが、むしろ、今こそ、TPP参画を前提とした農水産業の大改革を実現し、世界と対等に競争できる一次産業の基盤づくりを進めるときではないのか。
東北の農水産業の復興は、その先頭に立つ成功モデルとしなければならない。

政治主導とは

与野党の一部で議論された震災復興大連立論は、結局、谷垣総裁が拒否したことで一旦決着を見た。小泉元首相の「健全な野党として、協力すべきは協力し、批判すべきは批判する」という論が決め手となったようだ。
私が大連立論を唱えるのは、「民主党を批判できるかどうか」というような次元ではなく、「国難の時にあってスピード感を持って事に当たるべき」ということなのだが…。総裁の決定であり、また、統一地方選挙の真っ最中であったことを考えれば、仕方があるまい。

確かに、連立を呼びかける菅首相の姿勢にも問題が多い。これまでの言動からは、「この時期に連立を断ったら、自民党が批判されるだろう」「自民党から復興担当大臣が入閣すれば政権の延命にも撃がる」といった意図が見え隠れする。

かつて、自社さ連立政権を立ち上げた際、自民党は少数党であった社会党の村山委員長に首相の座を託した。真摯に連立を望むのであれば、せめて「夏までに復旧復興の道筋をつけ、総理の職を辞する」くらいの心意気で呼びかけるべきだったろう。
いずれにしても、民主党は、破綻したマニフェストを取り下げる格好の機会(理屈)を見過ごしたのではないだろうか?

さて、国難に迅速かつ的確に対応すべき政府を混乱に導いている原因の一つは、民主党政権の「誤った政治主導」にある。
霞ヶ関の官僚機構は日本最強のシンクタンクである。それが、民主党政権の誕生とともに萎縮してしまい、この危機に際しても全く能力を発揮できていない。
政務三役(大臣、副大臣、政務官)中心の行政運営を強調するあまり、各省庁の官僚による政策立案を否定し、排除してしまったからだ。しかも、事務次官会議という省庁間の官僚トップの連絡調整会議も廃止されてしまった。だから、十分な横の連携もとれなくなっている。

この結果、有能な官僚たちが自ら考え、行動する意欲を失い、指示待ちとなってしまっている。聞くところによると、今回の有事に際し、各省庁の官僚は即座に様々な対策を検討し、早い時期から政策案を準備していた。しかし、官邸が動かず、政務三役も指示を出すことができず、生きた案とするのが非常に遅くなったようだ。

阪神・淡路大震災の際、我々は発災から1ヶ月あまりで5000億円の補正予算と10本余りの特例法を成立させた。今回は、16年前の先例があるのに未だにゼロだ。
これは、衆参のねじれが招いたものではない。民主党政権が官僚機構を使いこなせていないだけだ。

各省庁の情報網で災害の全体像を把握し、担当ごとに為すべきこと(施策)を抽出する。そして、施策を持ち寄り調整のうえ、優先順位を加味して、行程表を作成する。うまくいかなければすぐに軌道修正をかけ、再度、選択肢を提案する。
こういう仕事は官僚機構が最も得意とするところで、十分なノウハウも蓄積されている。
政治家は、官僚の提案の中から最も適切な案を選択し、その実行に際しての全責任を負う。それが政治主導のあるべき姿だ。

民主党流の“政治主導”が導入されるに至った一因は、官僚側の過去の悪しき習わしにある。永年の野党暮らしで、菅首相に強い官僚不信(官僚性悪説)が染みついているのも事実だろう。
しかし官僚にも、公に奉ずる使命感がある筈だ。いや、難しい採用試験を突破し公務員という職を選んだのだから、国家の為に尽くしたいという強い志もある筈だ。

今からでも遅くない。菅首相は誤った政治主導を改め、霞が関という我が国最大かつ最強のシンクタンクが、自信を持って、自律的に活動できるようにシステムを改善すべきだ。
政権交代後の民主党の行いは、国民の支持を得てはいない。昨年の参議院議員選挙結果が、そして、昨日の統一地方選挙の結果がそれを如実に物語っている。

挙国一致の大連立へ

菅首相得意のパフォーマンスとも思える唐突な入閣要請を谷垣総裁が拒否してから2週間。「大連立論」が再び浮上し、自民・民主両党の執行部で地道に、前向きに検討されている。
先週の自民党各派の会合でも、古賀元幹事長が「与野党の枠を超え政治の信頼回復を果たすべきだ」と指摘。 町村信孝元官房長官も「災害復興には全面協力していくスタンス、大連立を否定はしない」と語った。

一方で、自民党内には、「首相の政権延命に利用されるだけ」との警戒感も根強く、「菅首相の退陣なくして連立はできない」との声も多い。

しかし、日本は今、未曽有の国難と相対している。
ただでさえ、社会保障制度の見直し、税制の抜本改革と財政の立て直し、デフレギャップの改善、国際経済連携(貿易自由化)への対応等々、年度前半で解決すべき喫緊の課題が山積していた。
その上に、世界最大規模の大津波災害と人類未経験の原子力事故である。

この時期に、政局論争や政権交代手続きを行っている暇はない。国家の総力を挙げて、難局打開に専念すべきだ。
これまでの菅首相の政権運営や危機管理対応には数多く疑問があるが、今は、協力せざるを得まい。いや、民主党の人材のみでは、日本を滅ぼしかねないからこそ、各党の総力結集体制が必要なのだ。

自民党が選択しうる現実的な対応として、私は、期間を限定したうえでの大連立を選択すべきだと考えている。

閣外協力では充分な情報の共有はできない。情報の共有ができなければ効率的な議論とはならないし、スピード感を持って有効な対応策を打つこともできない。
「責任政党」として政府に協力するのであれば、入閣をためらう理由はない。
むしろ、閣内で我々の主張を展開し、政府の政策として実行していくことが、責任政党にふさわしい選択だと私は考える。

もちろん連立内閣を組むのであれば、事前の政策のすり合わせは必要だ。
その際、お互いの従来の主張に拘っていたのでは、一致点を見出すことはむずかしい。
我が方とすれば、少なくとも4K政策(子ども手当て、高校無償化、高速無料化、戸別所得補償)は撤回してもらいたいところだが、民主党内がまとめ切れないのなら、一定期間棚上げと言うことで、妥協すべきだろう。

一定期間とは、概ね9月までが一つの目安となる。
被災地の応急復旧のための一次補正予算と特別立法は4月中に施行する必要がある。その次に、中長期的な復興を支援する法制度と第二次補正予算を7月頃には制定・編成しなくてはならない。同時期にTPPへの対応も決断を迫られる。そして、税制改革の方向も含めて、来年度予算編成の大枠を定めるのが9月だ。

この時期まで、9月までは、政治休戦ということにする。
政治休戦というからには、双方ともに大胆に歩み寄る必要がある。というよりも、過去のわだかまりを捨て、党派を問わず最強の人材を結集して難局に当たるのだ。

仮に9月の時点で、各党の協調が強固になっていれば社会保障制度と税制改正の完了まで連立を維持する道が開ける。逆に何らかの路線対立が鮮明化すれば、連立を解消し、論点を明確にした上で国民の判断に委ねればよい。
いずれにしても、最低限、被災地復興の目処をつけるまでは、政治休戦を維持したい。

統一地方選挙が終れば、大連立の環境は整う。補正予算の編成前に挙国一致の政治体制(大連立)を作り上げ、あらゆる課題について超党派で議論し、最短距離で結論を得る。現下の国難を乗り切る術は、これしかない。

それが今、政治に求められている「国家と国民への責任」だと私は考えている