戦略特区とは

通常国会閉会後、各メディアの世論調査が一斉に発表された。

第2次政権発足以来比較的高い水準を保ってきた安倍内閣の支持率だが、前回の5月調査と比較すると軒並み下落した。とりわけ厳しい結果が出たのは毎日新聞で、不支持率が44%(9ポイント上昇)となり、支持率36%(10ポイント下落)を大きく逆転した。

 

これは、“加計学園”をめぐる一連の対応や組織犯罪処罰法の与党の強引な国会運営に対する批判が招いた結果だ。特に加計学園対応については、各調査とも「安倍総理の説明が足りない」「納得できない」などと答えた人が7割以上になっている。

 

野党4党はこの件で国会での審査を要求しているが、自民党は応じる気配はない。野党は安倍総理が19日の記者会見で、「何か指摘があればその都度真摯に説明責任を果たして行く」と述べたにもかかわらず、与党が閉会中審査要求を拒否していると批判している。

 

世論調査の結果を反転させるためにも、総理の会見での発言を実行するためにも、国会での説明は必要だろう。ただ、選挙目当てのパフォーマンスではなく、事の本質について議論を深めなくてはならない。そのためにも東京都議選の期間は避ける方がよい。

本質議論とは、獣医数に関する総量規制と国家戦略特区制度の目的だ。

 

大学の獣医学部の総定員数は1980年代から30年以上にわたり930人で固定されてきた。この間に発生した鳥インフルエンザや口蹄疫といった家畜伝染病の流行によって、防疫対策の充実、そのための獣医師の社会的なニーズが高まっていることは考慮されていない。

 

私はこれまでから大学定員の制限によって、国内の特定人材の需給調整をすることに違和感を覚えている。国際的な資格の統一が求められる時代、国内の少子化が進む時代にあって、大学教育に求められるのは量(定員)ではなく質(内容)である。

従来、医師、歯科医師、獣医師の世界では、大学定員の制限により、供給抑制が行われてきたが、果たしてこの方法が良かったのか? これらの分野の資格者に必要なのは一定の質の確保であり、それは弁護士等と同様に国家試験で資格審査すれば足りるのではないか?

 

大学定員による総量規制手法は、人材の偏在という弊害も生んできた。新規獣医師は都市部(のペット獣医?)に集中し、畜産業が盛んな地方の家畜獣医の不足は常態化している。

 

このような国の行政による規制を実験的に緩和し、その効果を検証したうえで全国に拡大しようとするのが“特区制度”である。

そもそも、今治市での獣医学部新設は、平成19年から26年の8年間に15回にわたって構造改革特区制度(地方自治体の提案を国が認定する制度)を活用して国に求めたものだった。が、これらはすべて文部科学省に却下された。

 

このように規制を所管する省庁に判断を委ねていては、規制改革は前進しない。そこで、官邸主導で規制改革メニューを決定する方式をとったのが、平成25年にスタートした国家戦略特区制度である。

 

野党は、総理が学園理事長と古くからの友人であるというだけで 便宜供与疑惑があり、また役所における忖度があったかのように喧伝している。しかし、この国家戦略特区制度の本質からして、官邸サイドが規制所管省庁に指示を行うのは当然である。兵庫県養父市の農業特区についても、官邸の指導力で農業委員会から市長への権限移譲や企業による農地取得が認められた。

 

総理は24日の神戸の講演会で、今治市以外にも地域に関係なく意欲あるところには獣医学部の新設を認める方針や、さらには全国展開を目指したい旨も明らかにし、国民的な疑念の払拭にむけた意欲を示した。この総理の意見に私は賛同する。

 

獣医学部の特区制度で、前述の主旨で“一校に限り”認可対象としたのは、おそらく総量規制を維持したい方々の働きかけによるのではないのか?

議論されるべきは、文科省内の記録文書の真贋などではなく、規制改革の効用とそれを妨げる圧力団体の存否である。

暗雲

イギリスの総選挙は通常「議会任期固定法」(注)に基づき5年に一度行われる。次回総選挙は2020年のはずだった。ところがメイ首相は任期を3年残した議会を電撃的に解散し、総選挙に踏み切ったのは4月18日のこと。

 

そもそもメイ政権の誕生は、昨年6月のEU離脱の賛否を問う国民投票の結果を受けてのもの。EU残留を訴えていたキャメロン前首相の辞任により、その後を継いだ。保守党の党首選は経ているが、国民の審判は受けていない。

 

英国は3月29日にEU離脱を正式に通告している。交渉の期限は2年間で2019年3月末までに離脱に関する様々な条件整備をすることになる。この困難な交渉を主導する保守党政権が保有する下院議席は330議席だった。総議席数650議席の過半数はかろうじて超えているものの、安定過半数には達していなかった。

メイ首相が今回の総選挙に踏み切ったポイントは、EU市場からの離脱交渉の本格化に備えて政権基盤の強化を狙うこと。そして、勝利によってEU離脱交渉の進め方について、国民の信任を得ることにあった。

 

加えて、4月時点の支持率で労働党に20ポイント以上の差をつけていたことも、解散総選挙を後押しした。事実、主要マスメディアも選挙前には保守党の圧勝を予想していた。しかし、選挙のマニフェストに高齢者負担増を提案したことで情勢は一変、相次ぐテロ事件も追いうちをかけた。

 

6月8日の選挙の結果、保守党の議席は318議席に減少。基盤強化どころか過半数も失い、英国上院は、いずれの政党も過半数に達しない「ハングパーラメント(宙吊り議会)」となった。メイ首相は、北アイルランドの地域政党の協力を得て政権を維持する見込みだが、単独過半数の議席を失ったことについては、与党からも責任を問う声が燻っている。

 

英国のEU離脱交渉の方針は、「移民の受け入れを制限する一方でEUとの経済関係は維持したい」というもの。政権基盤が揺ぐなか、このような虫のいい話を強く主張することができるのか? 交渉の先行きに暗雲が漂いだした。テロ対策やエリア独立などの国内問題も含め、メイ首相には高度な政治的力量が求められている。

 

一方、大西洋を挟んだアメリカでも、大統領選挙へのロシアの干渉疑惑を巡る連邦捜査への介入問題で、トランプ政権にも暗雲が漂っている。8日の上院公聴会でコミー前FBI長官は、いわゆる「ロシアゲート」をめぐりトランプ大統領から捜査中断の圧力を受けたと証言したが、大統領は「そんなことは言わなかった」と、自らも宣誓証言をする用意があることを表明。双方とも相手方がウソをついていると非難しあっているが、大統領の言動が「司法妨害」に当たるかどうかは、ここに至ってはモラー特別検察官に委ねざるを得ない。

 

我が国の企業は、正しく英語国であるイギリスにヨーロッパの拠点を置いているケースが多い。明治の近代化の時代には、イギリスから多くを学んだ。アメリカは言うまでもなく、日本にとって最も重要な同盟国であり、70年にわたり世界のリーダーであり続けてきた。この両国の不安定な政治情勢は、対岸の火事というわけにはかない。

両国の状況、そして世界各国の動きをしっかり見据え、経済面でも安全保障面でも必要な対処策を考えていかなくてはならない。

 

幸い、我が安倍政権、自公連立政権は、比較的安定した運営を続けている。しかし、よくよく考えてみると、自民党や内閣への高い支持率は、野党の力不足に助けられているだけかもしれない。現状の国会での質疑状況では積極的な支持がいただけるとは思えない。

 

通常国会の会期末を目前に控え、テロ等組織犯罪準備罪法案や加計学園問題など、すっきりしない問題が残っている。安倍政権が国民の信頼を得て、対外政策にしっかりと取り組むためにも、これらの内政問題に真摯な態度で丁寧に説明責任を果たし、迫りくる暗雲を消し去る必要がある。

 

 

 

注)議会任期固定法:2011年に制定され、総選挙の選挙日を原則として5年ごとの5月の第一木曜に固定した。この法律により、首相の助言による国王大権に基づく議会の解散権は失われた。内閣は議会の解散権を失ったことになる。
ただし、①内閣不信任案可決後、新しい内閣の信任決議案が可決されずに14日経過した場合と、②下院の議員定数2/3(434議席)以上の賛成で早期総選挙の動議が可決された場合は、解散となる。今回の解散総選挙は②のケース。