無信不立

14日都内のホテルで開かれた自民党両院議員総会、静寂を破るかのように野田毅総裁選挙管理委員長の声が響いた。「投票結果を申し上げます。石破茂君68票、菅義偉君377票、岸田文雄君89票。よって菅義偉君を当選者と決定いたしました」。

安倍晋三総理の突然の辞任表明を受けた自民党総裁選は、ひと月前まではダークホースであった菅氏の圧勝で終わった。政界は“一寸先は闇”と言うが、まさにその通りだ。

 

今回の総裁選は、「緊急時」であることを理由に全国一斉の党員投票が見送られ、国会議員票393票と47都道府県連代表に各3票を割り当てた地方票141票、合計534票で争われた。投票結果の内訳は、議員票で菅候補288票、岸田候補79票、石破候補26票。地方票では、菅候補89票、岸田候補10票、石破候補42票で前述の結果となった。

 

この戦いに臨み、私は2年前と同じく当選同期で長年の友人でもある石破候補の推薦人を引き受けた。私にとってこれまでの総裁選で最も力を注いだ戦いだったが、残念な結果に終わったと言わざるを得ない。

報道されていたように、今回の総裁選は始まる前から勝負がついていた感はあるが、結果の得票数は思っていた以上に厳しいものであった。特に議員票が26票に止まったことをどのように受け止めるか、少し時間をおいて冷静に分析し総括しなければならない。

 

数年にわたり安倍後継の本命と言われ続けてきた岸田氏があえなく主要派閥から見放され、世論調査で“次の総理にふさわしい人”のトップを走り続けてきた石破氏も地方票を伸ばせなかった理由はどこにあるのか?

その一因は、安倍前総理への「お疲れ様」の感謝の意が、共に政権を運営し、「安倍政治の継承」を前面に打ち出した菅候補の応援に回ったことなのだろうか?

 

それにしても辞任発表直後に、危険水域に迫っていた内閣支持率が20%近くも急上昇したのには驚かされた。病気退陣に対する判官びいきに加え、7年8ケ月の長期にわたる政権運営の効果、外交面での活躍、株価浮揚といったプラス面の成果が短期的な不信感を吹き飛ばした様相だ。

 

このような世論の流れと、次の次まで睨んだ派閥の思惑が相まって菅候補への加勢が急拡大していったのではないだろうか。

事実、8月末の世論調査まで石破候補がトップであったのが、二階派を皮切りに各派閥が雪崩を打って菅候補支持を決定したのと前後し、9月上旬には菅候補が首位を奪い、引き離していった形だ。

 

総裁選をめぐっては「天の声にも変な声がたまにはあるな」という名台詞があるが、今回

の結果も、単純には説明しがたいものがある。いわゆる「天の時・地の利・人の和」の総力が菅候補を総裁に導いたということか…。

 

16日に菅義偉氏は両院で首班指名され、正式に新内閣が発足した。総裁選の勢いがそのまま続いているようで、発足時支持率は歴代3位と高く順調なスタートを切った。

 

新総理のキャッチフレーズは「仕事する内閣」。また「当たり前でない、いろいろなことがある」と力説して、縦割り行政の排し、既得権益や前例主義を排除する規制改革を強力に進めると言及した。早速、各閣僚に対して行政機構のDX(デジタルトランスフォーメーション)司令塔としてデジタル庁の創設、行政改革目安箱(縦割り110番)やデフレ脱却にむけ最低賃金引上げによる中小企業再編成促進等々、具体的な政策提案を次々に指示した。更には、携帯料金の大幅な値下げや再度の10万円定額給付金など、景気回復に配慮したインパクトあるメッセージも放った。この連休中も閣僚の行動がメディアを賑わしている。

 

100年に一度の国難の時にあって、今の日本には立ち止まって考える時間的な余裕はない。難局を切り拓く政治のリーダーシップが求められている。菅総理が目指す社会像は「自助・共助・公助、そして絆」という。確かに国民に施しをなすばかりでは、「国民に信頼される政治」は実現できない。

“無信不立” “初心忘るべからず”

私も信頼される政治を目指して、初心に戻ってこれからも精進を重ねていきたい。

いつか見た景色

安倍晋三総理大臣の後任を選ぶ自民党総裁選挙について、総務会は2時間にわたる議論の末、全国一斉の党員投票は実施せず、8日告示、14日に両院議員総会を開いて新しい総裁を選ぶことを決定した。

 

総務会で、党執行部は「新型コロナウイルスへの対応もあり、早急に新たな体制を確立して政策を前に進める必要があり、後継総裁の選出は喫緊を要する」として、党員投票は実施せず、両院議員総会を開いて、国会議員と都道府県連の代表による投票で新総裁を選ぶことを提案。

 

これに対し、出席者からは「一刻も早く新しい総裁を選ぶべきで、党員投票を実施しないのもやむを得ない」などと、賛成する意見がだされた一方、「開かれた方法で総裁選を行うため、広く党員の意見を反映させるべき」などと、党員投票を求める意見も出された。

 

前日の8月31日には、中堅・若手を中心とする有志グループが、党員・党友投票の実施を求め、党所属国会議員の3分の1を超える145人分の署名を執行部に提出した。

党員投票を省略する党方針に対する反発は地方に拡大している。背景には、一部の有力者の主導で選んだ印象を与えかねない。国民には“密室政治”と映り、不信感が強まるとの危機感がある。

残念ながらそれらの動きは効を奏さず、今回の総裁選は、両院議員総会での投票(国会議員票394票と、47の都道府県の3票ずつ割り当てられた141票の合計535票)で争われることになった。

 

私はこの決定には大いに疑問を持っている。

執行部の説明だと「フルスペックの総裁選をやるとなると、準備におよそ2ケ月かかることもある。2ケ月間も安倍総理に負担をかけさせられない」とのこと。

確かに2ケ月は長すぎるが…緊急時なのだからフルスペックでやらなくてもよい。私の知るところでは、20日~1ケ月もあれば実施可能である。1ケ月程度であれば、総理も理解して頂けるのではないかと思う。また任期満了以外では党員投票を実施したことはないらしいが、いまは危急存亡の時、過去の慣例に捉われることはない。

 

若手議員の一人、小林史明青年局長は決定事項に対して「正直言って負けた。全国の党員員の皆さんの声をいただいたが、本当に申し訳ない」と、記者団を前にコメントしたが、全く同感である。

しかし、党の正式な手続きを経て決定されたのだから、あとはこのルールに従ってやる

べきことを粛々とやるしかない。

 

それにしても疑問なのは派閥の在り方だ。一致結束することが前提というが、派内に候補者がいないケースでも、何故一致結束して支持候補を決めなければならないのか!

候補者も政策も出揃っていない段階で支持候補を決める必要があるのか、私には疑問だ。

候補者を持つ派閥は理解できるが、候補者がいない派閥まで一致結束して候補者を決めるのは、派閥の論理以外の何ものでもない。そんな派閥の論理が嫌だから、私は無派閥でいる。

 

小選挙区になって選挙区でのサービス合戦はなくなったが、人事面での派閥の役割が残っている。なので、派閥の長が発言力を持つために結束が必要と言うのだが…果たしてそうだろうか?派内に候補者を持たない派閥は自主投票にすべきと私は思う。いずれにしても党の近代化のためには、人事制度改革が必要である。

 

石破茂・元幹事長、岸田文雄政調会長、菅義偉官房長官と、立候補者の顔ぶれも揃い、いよいよ8日から選挙戦がスタートするのだが、各派閥の動向をみると既に勝負はついていると言えるだろう。

派閥の論理と力学で結果が決まる今回の総裁選と過去の自民党の古い体質が、私には重なって見える。「いつか見た景色」の再来に、国民からの批判を受けることは避けられないだろう。

 

私は前回同様、今回も石破茂候補の推薦人を引き受けた。

当選同期ということもあるが、彼の国民と向き合う政治姿勢「国民を信頼しなければ国民の信頼を得られない。信頼がなければ正しいメッセ―ジが伝わらない」に共感を覚えるからである。

政治に対する信頼が揺らいでいる今、石破氏の言葉が国民の政治に対する信頼回復に繋がるような戦いになることを期待したい。