ありがとう「京」

先週末の8月30日、神戸市の理化学研究所計算技術センターに設置されていたスーパーコンピュータ『京』のシステムが停止された。私も当日の“ありがとう『京』”シャットダウンセレモニーに招待され、理研の松本紘理事長らと4人で電源をOFFする役割を担わせていただいた。
最後に松本紘理事長がスイッチをひねり、全ての照明が消え、スパコンの稼働音が止まった瞬間、構想段階から今日に至るまでの数々の思い出が脳裏をかすめ、心の中に言いようのない淋しさが広がった。

『京』を産み出した次世代コンピュータ技術の開発が本格的にスタートしたのは2006年。第3期科学技術基本計画に5カ年の期間中に集中的に投資すべき「国家基幹技術(※)」の一つに選定されてからだ。翌年3月には仙台市に競り勝ち神戸市に立地が決定!総事業費1,100億円を投じて整備が進められ、2012年9月に共用開始した。

パソコンには頭脳と言うべきCPUが通常1~2個搭載されているが、『京』には8万3,000個ものCPUが使われている。つまり『京』は高性能コンピュータの集合体なのだ。命名の由来は、一秒間に1京(1兆の一万倍)回の計算をこなす能力から名付けられ、開発段階の2011年にはスパコン性能ランキングで世界一位を獲得している。

本格稼働してから7年間、常時9割超える非常に高い稼働率を維持し、医療から防災、モノづくりなど、そのシミュレーションにおいては多種多様な分野で世界水準の研究成果を生み出した。また、経済的波及効果は軽~く1兆円を超えたと言われている。

そんな『京』ではあるが、完成までの道のりは決して平坦ではなかった。
中でもこのスパコン計画を一躍有名にしたのが2009年の“事業仕分け”。民主党政権下での公開行政刷新会議だ。当時必殺仕分け人と言われていた蓮舫参議院議員の追及、「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか!」との発言を覚えている方も多いことだろう。

事業仕分け結果は予算計上見送りに近い縮減(事実上の凍結)となり、計画は大きく後退しかかったが、ノーベル賞受賞者を中心とした研究者が結集して「世界一を目指す意気込みでやらないと、2位にもなれない!」「先進各国が威信をかけて開発にしのぎを削っている。一旦凍結すれば追い抜かれる」と主張、計画は復活継続されることになった。

その後計画は順調に進んでいたが、東日本大震災で部品工場が甚大なる被害を受けて生産がストップ。一時はスケジュール変更も検討されたが、昼夜を通しての関係者の懸命の復旧作業でわずか3週間で生産ラインが復活した。その背景には「事業仕分けなんかに負けない。何としても世界一のスパコンをつくる」との現場の強い思いがあったと聞いている。結果論だが、民主党政権の事業仕分けが『京』の知名度を高め、プロジェクト実現に大きく貢献(?)したことになったと思っている。

数々の成果をあげた『京』ではあるが9月から解体が始まり、その跡に設置される「富岳」(2021年稼働予定)に役割を引き継ぐ。「富岳」は理研と富士通が共同開発中で、シミュレーションでの計算速度は『京』の100倍以上となる。「富岳」は高さ日本一の富士山の異名。そのロゴはスパコンの性能の高さを表すとともに、長いすそ野はユーザーや対象分野の広がりを意味する。計算速度を追求し専用プログラムが必要だった『京』よりも、使いやすさに重点を置き、ビッグデータやAIなどにも活用分野を拡大する。

閉会の挨拶で松岡聡センター長は「『京』は歴史の審判に耐え得ると確信しているが、「富岳」も必ず歴史の審判に耐え得るものを実現したい」と力強く宣言された。
私はスパコン議員連盟の幹事長としてこれまでも長年にわたってプロジェクトに関わってきたが、これからも応援団の一人として努力を続けていきたいとの思いを新たにしている。
ありがとう『京』、お疲れ様!

※他の4技術は、X線自由電子レーザー(SACLA)、宇宙輸送システム(「こうのとり」等)、海洋地球観測探査システム(「ちきゅう」等)、高速増殖炉サイクル技術(「もんじゅ」等)