ラストチャンス

8日に決定された追加経済対策。ポストコロナ社会をめざし、我が国の変革を促す政策が並んでいる。その中に「10兆円規模の大学ファンド創設」が盛り込まれ、当面の財源として、第3次補正と令和3年度財政投融資と合わせて4.5兆円が計上された。令和5年度までにはファンドの規模を10兆円に拡大するプロジェクトである。私が会長を務めている科学技術・イノベーション戦略調査会の提言をベースに、今年度の骨太の方針に示された「世界に伍する規模のファンドの創設」を実行に移すものだ。

ハーバード大学、スタンフォード大学をはじめ米英の主要大学は数兆円規模のファンドを運用し、戦略的な研究投資や奨学金、スタートアップ支援に充てている。このため機動的で柔軟な資金投入が可能となり、大学の競争力の源泉となっている。

海外大学のファンドは寄付金が主要財源だが、我が国でも同様の仕組みを育てるため、まず、政府が呼び水として資金を拠出し基金を創設、大学等からの出資も求めながら規模を拡大していく。数年後には毎年数千億円の運用益が生まれ、厳選した参加大学の研究資金等を支援する財源となる。

そもそもこのプロジェクトの原点は、3年前の知財査会知的財産戦略調査会にある。大学の研究力の抜本強化や若手研究者支援を目的としたファンド構想が提案されたが、骨太方針に盛り込む段階で挫折した。当時の知財調査会長は、甘利明党税制調査会長である。リベンジに燃え、財務当局に強い影響力を持った甘利先生の存在がなければ、このプロジェクトは実現しなかっただろう。

今年の骨太方針の決定から2か月後、9月末の概算要求に文科省と内閣府から金額を示さない事項要求としてファンド創設を計上した。しかしその頃、財務省はこの要求に全く聞く耳を持っていないとの報告を受けていた。

当時、自民党のスタンスは、「ファンドの創設は、骨太方針として決定されているのだから政府の国民への公約である。政府内で調整して政府の責任で創設すべし。この段階では我々は財務当局と折衝はしない。」というものであった。が、表向きはそうは言っても、この頃から水面下では政治的に財務省との攻防の前哨戦は始まっていた。

甘利チームリーダーの下、チームAMARI(私が勝手に呼称しているのだが)を編成、財務省との折衝、ファンドの設計と運用の検討、党政調での平場での発言者などと、役割を分担するとともに、綿密な情報交換を行いそれぞれが事に当たった。私は全体の調整と運用益の使途(若手支援、大学改革など)を担当した。

菅総理が第3次補正予算の作成を指示したのは11月10日、時を同じく党の政調部会・調査会も一斉に予算要望の作業を開始。イノベーション調査会でも各種要望を決議として取りまとめ、行動を開始する。その中で緊急を要する案件として7項目を提言しているが、最重要課題はこのプロジェクト=「10兆円規模のファンド創設」だった。

党での決議をもって官邸や関係閣僚に要望活動を行うのだが、キーマンである麻生太郎財務大臣との協議でもファンドの話題が中心となった。大臣からファンドの運用や大学改革について非常に厳しい指摘があったが、半面、解決すべき課題がクリアになった。この宿題に応えた結果、前述のとおり経済対策に10兆円という数字を記載することができた。

このプロジェクトは、これまでは科学技術政策として、内閣府・CSTI(総合科学技術・イノベーション会議)が所管してきたが、運用益配分の前提である大学改革は文部科学省の課題だ。このところ些か権威と信頼を失墜している感のある文科省である。この機会に名誉を挽回すべく奮起を促したい。

初当選以来、“科学技術政策”をライフワークとし、科学技術基本法や科学技術・イノベーション創出活性化法の制定、文科相など政府の役職、科学技術・イノベーション推進特別委員長や党の調査会長などの仕事をしてきた私である。それだけに、ここ数年の日本の科学技術の競争力低下には責任を感じ、心を痛めてもいた。

日本の競争力の復権にとって、“ラストチャンス”と言っても過言ではないこのタイミングで、長年温めてきた構想が実現したことに深い感慨を覚える。

ただ、いつまでも感慨に浸っていることはできない。創設に関わった我々はこのプロジェクトの行く末に責任を負わなければならない。資金運用の状況や大学改革の進展、政策の成果などを定期的に検証しなければならない。

今回のファンド創設が我が国の科学技術力の反転攻勢の原動力になることを、切に願っている。