政治主導とは

与野党の一部で議論された震災復興大連立論は、結局、谷垣総裁が拒否したことで一旦決着を見た。小泉元首相の「健全な野党として、協力すべきは協力し、批判すべきは批判する」という論が決め手となったようだ。
私が大連立論を唱えるのは、「民主党を批判できるかどうか」というような次元ではなく、「国難の時にあってスピード感を持って事に当たるべき」ということなのだが…。総裁の決定であり、また、統一地方選挙の真っ最中であったことを考えれば、仕方があるまい。

確かに、連立を呼びかける菅首相の姿勢にも問題が多い。これまでの言動からは、「この時期に連立を断ったら、自民党が批判されるだろう」「自民党から復興担当大臣が入閣すれば政権の延命にも撃がる」といった意図が見え隠れする。

かつて、自社さ連立政権を立ち上げた際、自民党は少数党であった社会党の村山委員長に首相の座を託した。真摯に連立を望むのであれば、せめて「夏までに復旧復興の道筋をつけ、総理の職を辞する」くらいの心意気で呼びかけるべきだったろう。
いずれにしても、民主党は、破綻したマニフェストを取り下げる格好の機会(理屈)を見過ごしたのではないだろうか?

さて、国難に迅速かつ的確に対応すべき政府を混乱に導いている原因の一つは、民主党政権の「誤った政治主導」にある。
霞ヶ関の官僚機構は日本最強のシンクタンクである。それが、民主党政権の誕生とともに萎縮してしまい、この危機に際しても全く能力を発揮できていない。
政務三役(大臣、副大臣、政務官)中心の行政運営を強調するあまり、各省庁の官僚による政策立案を否定し、排除してしまったからだ。しかも、事務次官会議という省庁間の官僚トップの連絡調整会議も廃止されてしまった。だから、十分な横の連携もとれなくなっている。

この結果、有能な官僚たちが自ら考え、行動する意欲を失い、指示待ちとなってしまっている。聞くところによると、今回の有事に際し、各省庁の官僚は即座に様々な対策を検討し、早い時期から政策案を準備していた。しかし、官邸が動かず、政務三役も指示を出すことができず、生きた案とするのが非常に遅くなったようだ。

阪神・淡路大震災の際、我々は発災から1ヶ月あまりで5000億円の補正予算と10本余りの特例法を成立させた。今回は、16年前の先例があるのに未だにゼロだ。
これは、衆参のねじれが招いたものではない。民主党政権が官僚機構を使いこなせていないだけだ。

各省庁の情報網で災害の全体像を把握し、担当ごとに為すべきこと(施策)を抽出する。そして、施策を持ち寄り調整のうえ、優先順位を加味して、行程表を作成する。うまくいかなければすぐに軌道修正をかけ、再度、選択肢を提案する。
こういう仕事は官僚機構が最も得意とするところで、十分なノウハウも蓄積されている。
政治家は、官僚の提案の中から最も適切な案を選択し、その実行に際しての全責任を負う。それが政治主導のあるべき姿だ。

民主党流の“政治主導”が導入されるに至った一因は、官僚側の過去の悪しき習わしにある。永年の野党暮らしで、菅首相に強い官僚不信(官僚性悪説)が染みついているのも事実だろう。
しかし官僚にも、公に奉ずる使命感がある筈だ。いや、難しい採用試験を突破し公務員という職を選んだのだから、国家の為に尽くしたいという強い志もある筈だ。

今からでも遅くない。菅首相は誤った政治主導を改め、霞が関という我が国最大かつ最強のシンクタンクが、自信を持って、自律的に活動できるようにシステムを改善すべきだ。
政権交代後の民主党の行いは、国民の支持を得てはいない。昨年の参議院議員選挙結果が、そして、昨日の統一地方選挙の結果がそれを如実に物語っている。