アベノミクス

政府は先週11日、事業規模で20兆円を超える緊急経済対策を取りまとめた。

大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」を束ね、長引く円高・デフレ不況から一日も早く脱却し、日本経済が力強く再生する強い意志を示すものだ。

わが国の経済は1990年代初頭にバブルが崩壊して以来、長期のデフレ不況に陥り、15年間も所得が全く伸びていない。物価下落→売上減少→給与削減→所得減少→消費抑制→需要減少→物価下落が繰り返すデフレスパイラルの渦でもがき苦しみ、先進国中最悪の長期低成長に甘んじる姿は、人に例えれば瀕死の重症とも言える。

この深刻な症状に小出しの対策では二進も三進もいかない。あらゆる可能性を秘めた政策を機動的、弾力的に繰り出すことで経済再生を図ることが肝要だ。だからこそ安倍政権発足前から“アベノミクス”と名付けられた「金融政策と財政政策のパッケージ」を展開し、縮小均衡に向かうデフレの悪循環を断ち切り、成長と富の創出の好循環に切り替えようとしているのだ。

まず、金融政策では日銀に対して2%という明確な物価目標設定と、それが達成できるまで継続的な通貨供給の拡大を求め、そして物価の安定だけでなく雇用拡大をも日銀の責任の範疇とした。続いて、今回の大規模な財政出動で、復興の加速と防災・減災力の向上を軸に据えた公共事業を実施し、強靱な国土形成を進めるとともに巨額の有効需要を創出する。市場はこれらの日本政府の意志を好意的に受け止め、既に為替は円安トレンドに転換し、日経平均株価も1万円を上回る水準に回復した。

この流れを加速し、短期間でのデフレ脱却を目指すためにも、15日に閣議決定する24年度大型補正予算案を早期に成立させ、執行に移さなくてはならない。さらに、引き続き編成する25年度予算と合わせた「15カ月予算」で切れ目のない対策を実施し、景気の底割れを防ぎ、成長軌道を確かなものとする必要がある。

今回の補正では、成長による富の創出の一環として5700億円の科学技術予算が盛り込まれた。規模もさることながら特筆すべきは、研究開発プロジェクトへの長期安定資金が用意されたことだ。

行政の予算は単年度主義が原則であり、科学技術分野も例外ではない。故にノーベル賞を受賞した山中教授の京大iPS細胞研究所でさえ、職員の大半は短期契約の非正規雇用と言う状況である。これでは長い懐妊期間を要する基礎研究にそぐわない。今般の制度改善では、iPS細胞を中心とした再生医療研究には、今後10年で1100億円規模の長期的支援を行うことが決定された。この新たな資金提供の枠組みは、日本の科学技術施策にとって大きな一歩であることは間違いない。

さらに科学技術創造立国の早期実現に向けて、各省庁が所管する科学技術政策を横断的に調整し、国家戦略として組み上げる意思決定システム(司令塔を含む)の構築、さらには研究開発の進捗状況を正確にグリップし、予算と比較した効果測定を行う組織体制の整備も急がなければならない。

言うまでもないが「三本の矢」は毛利元就が三人の息子に対して、国を守るために兄弟の団結と協力を促した逸話に由来する。三本の矢がそろってこそ力は発揮されるのだ。

経済再生に向けた「三本の矢」のうち、一の矢である金融政策、そして二の矢である財政政策は既に出そろった。だが、もう一本の成長戦略はまだ未完成な状態だ。民間投資を生み出し自律的な経済成長を促すためには、大胆な規制改革やアジアとの経済連携も急がれる。

公共投資偏重のかつての自民党が戻ってきたとか、先祖帰りとか揶揄されないためにも、24年度補正予算と25年度当初予算の成立に引き続き、法人税制のさらなる見直しや各種の規制緩和、エネルギー戦略の立て直し、アジアの活力を取り込む経済連携といった政策を迅速に展開し、日本経済再生への道筋をしっかりと描かなければならない。

日本経済の再生を世界に示すために、生まれ変わった自民党を国民に示すために、三本目の矢である成長戦略の実行力こそが“アベノミクス”の成否を問う試金石となると私は思う。